民主主義とシーザリズム:Marginal Revolutionが2015年の行政府権力への警告を再掲
重要ポイント
- •2026年8月23日、Marginal Revolutionは2015年4月の投稿から、民主主義の病理が合理的で技術官僚的な統治ではなくシーザリズムへの需要を生み出すと論じた一節を再掲した。
- •シーザリズムは19世紀フランスのナポレオン3世の国民投票による統治に由来する用語で、直接的な国民の委任を主張し、立法府のチェックを回避して統治する強権的な行政府首長を指す。
- •元の一節は、ドナルド・トランプが2015年6月に大統領選挙運動を正式に表明する約2か月前に書かれたものであり、彼の出馬にも2016年選挙にも先行している。
- •この一節はF.H.バックリーの2014年の著書『The Once and Future King: The Rise of Crown Government in America』を引用している。同書は、米国の権力が議会から大統領府へ決定的に移動したと論じ、バックリーはこの体制を「皇冠政府(crown government)」と呼んでいる。
- •追記では、著者がThe New Ramblerに掲載されたジョセフ・ヒースの『Enlightenment 2.0』の書評(タイトルは「Is Capitalism Making Us Stupid?」)へのリンクを示し、概して包摂的で国際的な市場のメッセージと政治的プロパガンダを対比する一節を引用している。

2026年8月23日にMarginal Revolutionへ掲載された投稿で、著者はジョセフ・ヒースの著書Enlightenment 2.0を論じた2015年の投稿から一節を再掲している。ヒースはトロント大学の哲学教授であり、同書は2014年に副題「Restoring Sanity to Our Politics, Markets, and Lives」(私たちの政治、市場、生活に理性を取り戻す)とともに出版された。2015年の投稿は、そのアドレス「heath-responds-to-tabarrok」が示す通り、ヒースとの意見交換から生まれたものである。Marginal Revolutionは、いずれもジョージ・メイソン大学の経済学者であるタイラー・コーウェンとアレックス・タバロックが共同設立した経済学ブログである。この一節の中で著者は、民主主義の病理が、世論の要求を合理的な技術官僚的統治ではなくシーザリズムへと向かわせると論じた。シーザリズムとは、19世紀フランスにおけるナポレオン3世の国民投票による統治に由来する用語で、直接的な国民の委任を主張しながら立法府のチェックを回避して統治する強権的な行政府首長を指す。
2015年の投稿の一節の全文は以下の通りである。
私が民主主義的政治を現代生活のあらゆる側面にまで拡張することに反対する理由の一つは、まさに、多くのことを成し遂げようとしすぎるがゆえに、民主主義が非一貫性、停滞、不満をもたらし、こうした力が最終的に民主主義自身の正統性を損なうからである。私は民主主義的正統性を懸念している。なぜなら、私は民主主義をリヴァイアサンに対するチェック・アンド・バランスと見なしているからである(ヒースはこれを専門家による統治に対するチェックと見なしている)。立法府はもはや脇役と化している。しかし懸念されるのは、議会が軽蔑されればされるほど、主導権を握り、決定を下し、物事を成し遂げる果敢な行政府への支持が強まることである。こうした圧力の下で、行政府の権力は米国だけでなくカナダや英国でも拡大してきた(このテーマについては、F.H.バックリーのThe Once and Future Kingを参照)。とはいえ、欠点はあるものの、立法府と法の支配は、行政府と行政国家よりも自由に資する。議員は再選と多少の利益誘導で満足するが、行政府首長は偉大さを渇望し、それによって真の危険、すなわち偶像崇拝、権力の集中、戦争を助長する。要するに、私は民主主義の病理が、合理的で技術官僚的な統治ではなくシーザリズムへの需要を生み出すことを懸念しているのである。
著者は、この一節が書かれた時点で、ドナルド・トランプは共和党の大統領候補の有力者どころか、公職の候補者ですらなかったと注記している。元の投稿は2015年4月、すなわちトランプが2015年6月に大統領選挙運動を正式に表明する約2か月前のものであり、この一節は彼の出馬にも、その後に続いた2016年選挙にも先行している。一節で引用されている著書、F.H.バックリーの『The Once and Future King: The Rise of Crown Government in America』(2014年)は、米国における権力が議会から大統領府へと決定的に移動したという補完的な論を展開しており、バックリーはこの体制を「皇冠政府(crown government)」と呼んでいる。11年後に再掲されたこの一節は、2016年以前のこの論を再び流通させるものである。
追記:市場と政治
追記の中で著者は、オンライン書評誌The New Ramblerに「Is Capitalism Making Us Stupid?」というタイトルで掲載された自身によるEnlightenment 2.0の書評へ読者を案内し――「いい一節がいくつかある!」――市場と政治のプロパガンダ的メッセージを対比する次の一節を引用している。
市場と政治のプロパガンダ的メッセージも大きく異なる。市場のメッセージは概して包摅的で国際的である。コカ・コーラは「I'd Like to Buy the World a Coke」(世界にコーラを買ってあげたい)を広告に出す。世界じゅうの人にコーラを買ってほしいからだ。企業もブランドへの愛着を築こうとするが、競合他社への憎悪を煽ることでそうすることはほとんどない。ペプシはペプシ・ジェネレーションに、コーラ愛飲者が自分たちの仕事を盗み、自分たちの神に唾を吐きかけているなどと告げたりはしない。
情報提供(ハット・チップ):元の投稿について最近ツイートした@kingofthecoastt。